* 本サイトに掲載またはリンクされている外部執筆者による見解は、必ずしもLexisNexis Legal & Professionalの見解を反映するものではありません。 AIを導入する法務部門にとって...
本イベントの模様は、事業構想オンライン「 「攻めのコンプライアンス」で製造業のリスク先取り レクシスネクシスと横河デジタルが提唱 」でも紹介されています。 2026年9月10日、レクシスネクシス・ジャパン株式会社と横河デジタル株式会社が東京ミッドタウン八重洲で共催したセミナー...
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本イベントの模様は、事業構想オンライン「「攻めのコンプライアンス」で製造業のリスク先取り レクシスネクシスと横河デジタルが提唱」でも紹介されています。
2026年9月10日、レクシスネクシス・ジャパン株式会社と横河デジタル株式会社が東京ミッドタウン八重洲で共催したセミナー「DX時代のガバナンス ― 現場力の継承と、ガバナンスの高度化」。前半は横河デジタル株式会社 IT/OTビジネス推進室 副室長・佐藤恵二氏による基調講演、後半はレクシスネクシス・ジャパン株式会社 Head of Business Development・田中翼による講演が行われ、締めくくりに両社の対談が設けられました。対談パートでは、参加者がその場で回答するライブ投票を交えたディスカッションが行われました。
佐藤氏はまず、日本の製造業の現在地について厳しい認識を示しました。かつて世界でも上位だった日本の生産性は、各種の統計で順位が下がってきています。
その上で佐藤氏が提示したのが、日本の製造業が積み重ねてきた「守りのコンプライアンス」の功罪でした。品質検査の強化や異常予知、原因解析によるパラメータ設計は、「モノづくり力の底上げ」に寄与してきました。一方で、品質改ざんを起こさせないためのガバナンス強化やデータインテグリティ強化、いわば対症療法的な対応の拡大が、むしろ「モノづくり力の地盤沈下」につながりかねないという構造を指摘しました。
この論点は、会場のライブ投票でも裏付けられました。「増やしたルール・報告・検査が、現場の改善やスピードを阻害していると感じますか」という設問に対し、「記録・報告の作業量が増え、改善に使う時間が減った」「ルール順守が優先され、現場が自分で考えなくなっている」がそれぞれ44%、合わせて9割近くが何らかの阻害を実感していると回答しました。
ルールや報告義務を積み増すこと自体は、ガバナンスの強化に見えます。しかし、それが現場の思考停止や作業負荷の増加という形で跳ね返ってくるとすれば、それは本当に「守り」になっているのでしょうか。佐藤氏が指摘したのは、まさにこの功と罪が表裏一体になっている構造そのものでした。

二つ目の問いは、本社が描くDX戦略と工場の改善活動との間のギャップです。日本でDXが叫ばれるきっかけとなったのが、2018年の経済産業省「DXレポート」です。公表から8年が経ちますが、佐藤氏は、生産性はほとんど変わっていないと振り返ります。その後2024年公表の「スマートマニュファクチャリング構築ガイド」は、人のスキルに依存しない仕組みづくりを求めているといいます。
象徴的だったのが、ある顧客工場の診断結果です。良品率は9割近くに達していましたが、生産ロットの半分近くは、手順書どおりの運転に加えてベテランの調整があって初めて品質が保たれる「現場すり合わせ型」でした。つまり、標準化されているように見える現場の裏側では、ベテランの経験が品質の最後の砦になっているという実態です。しかしこのベテランが現場を去ったら・・・世代的な変化もあり、「現場を良くしたい」という動機付けだけに頼った技術伝承は難しくなっている傾向もあるといいます。ライブ投票でも、DX戦略と現場のボトルネックとして「工場ごとに事情が違い、共通の仕組みに落とせない」が31%でトップでした。「決められたとおりに造れているか」という設問でも、標準どおりが13%にとどまり、44%が「細かい調整は現場任せ」と回答しました。「ベテランの技術・ノウハウ継承」に関しての設問についても、「手順書はあるが、判断の勘どころまでは引き継げていない」が50%を占めていました。
佐藤氏が示した「現場すり合わせ型」が約半数を占めるという診断結果は、決して一部の特殊な現場の話ではなく、会場の多くの参加者にとって「自社のことだ」と感じられる実態だったことがうかがえます。
佐藤氏はこの課題への処方箋として「知恵ベースの製造運転」を提案しました。設計どおりに動かすだけでは立ち行かない以上、ベテランの微調整の判断そのものを仕組み化し、設計ベースの運転と組み合わせる必要があるといいます。そのうえで、本社が陥りがちな落とし穴として「すべての現場に同じ施策を実施しようとしていないか ― 平等ではなく公平を」と指摘しました。DX戦略が現場に届かないのは、現場ごとの事情を均そうとする「善意の画一化」に原因があるといいます。

三つ目の問いは、田中が持ち込んだ法務・ガバナンスの視点です。レクシスネクシスが9月に発表したAPAC AI意識調査では、日本の法務・コンプライアンス専門家の88.6%がすでにAIを利用する一方、50.2%が「ツール・システム間の連携不足」を課題に挙げ、APAC10市場で最も高い数値だったといいます。会場のライブ投票でも「会社導入済みで個人の壁打ち相手」が79%を占め、業務プロセスに組み込まれているのはわずか16%でした。田中はまず、「仕組みが答えを出せない"想定外の場面"で誰が判断するのか」と問いかけました。
経済産業省の「AI利活用における民事責任の解釈適用に関する手引き」を軸に、配送ルート最適化AIの悪路提示にドライバーが従い事故に至った事例と、導入時は安全だった自律走行ロボット(AMR)がソフトウェア更新後の不具合で事故を起こした事例を紹介しました。あわせて、防災や工場稼働判断にも及ぶ「GeoAI」の広がりにも触れました。
手引きはAIを「補助/支援型」と「依拠/代替型」に分類しており、現状の多くは前者だといいます。配送事例では運送会社が使用者責任(民法715条)を負う一方AI開発者の責任は想定しにくく、AMR事例では更新後に生じた欠陥の評価について二つの見解が併記されるにとどまります。
田中の指摘で最も重要だったのは、「最終判断は現場」と定めるだけでは不十分だという点です。「原則としてAIに従う。ただし安全性が確保できない場合は自ら判断して安全なルートを選ぶ」という設計であっても、実際の運用が「必ずAIに従う」「現場に逸脱を認めない」ものになっていれば、それ自体が事故に寄与したと評価されかねません。「人に責任を残して、判断する余地だけを奪っていないか」――この一文に、田中の講演の核心が凝縮されていました。
この論点は、会場のライブ投票でも数字として裏付けられました。「AIを使う上での責任を、すでに明確にしていますか」という設問に対し、「明確にしている。原則も、例外時の判断権限も決めている」と答えたのは25%でした。4社に3社は例外対応の判断権限が宙に浮いたままでした。まさに田中が警告した「原則は決めても、想定外の場面の判断権限を決めていない」状態が、会場の大半に当てはまっていたことになります。
その上で田中は、本社と現場の役割分担を提示しました。本社は複数拠点の記録から全社リスクを把握し、対応状況を確認して必要な支援と情報提供を行います。現場は、その場でしか分からない情報(現場の違和感、設備の状態、使用物質とその規制情報など)を確認し、必要なときに判断し、その理由と結果を記録に残します。「AIには見えていなくても、現場には見えている」ものがある以上、この両輪をどう仕組みとして機能させるかが問われています。

改めて3つの問いを並べてみると、通底しているのは「本社が現場から判断の余地を奪っていないか」という一点です。ルールや報告義務(問1)、画一的なDX施策(問2)、AIへの過度な依拠(問3)――形は違えど、いずれも本社側の善意の統制強化が、結果として現場の当事者意識や判断力を奪う方向に働きうるという同じ構造を持っています。会場のライブ投票が示した「AIの責任範囲は原則だけで例外時の判断権限は未定」という数字は、この構造がすでに多くの企業で現実になっていることを物語っていました。
田中が講演を「製造を止めない。意思決定も止めない。」という言葉で締めくくったのは象徴的です。コンプライアンスを、問題が起きてから対応する「守り」の機能としてだけでなく、現場が判断に迷った瞬間に必要な情報と権限を届け、意思決定を止めないための「攻め」の機能として設計し直す――これが、両社が提唱する「攻めのコンプライアンス」の実質的な中身だと言えるでしょう。横河デジタルが示した2030年に向けた工場スマート化ジャーニー、レクシスネクシスが目指す法改正情報の現場への直接届けと本社への状況の可視化は、いずれもこの「攻め」を仕組みとして支えるための具体策でした。