「法令を知らなかった」は通用しない ―法改正の“見逃し”が企業リスクに直結する今、田中が動いた。 LN製造株式会社のコンプライアンス強化とASONE導入事例 「知らなかった」が許されない時代。法改正の頻度と複雑さが増す中...
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「知らなかった」が許されない時代。法改正の頻度と複雑さが増す中、LN製造株式会社のコンプライアンス担当・田中(仮名)は、全社の法令対応に立ちはだかる“見えないリスク”と日々向き合ってきた。これは、現場任せの限界に気づいた一人の担当者が組織を動かし、仕組みを構築するまでの軌跡である。
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「田中さん、ちょっといいですか」
金曜日の定時間際。帰り支度をしていた田中の肩を、米国駐在から一時帰国中の営業部長が叩いた。顔色が優れない。
「実は…気になることがあって」
二人は誰もいない会議室に移動した。
田中の手が止まった。
「先月のシカゴでの商談です。相手が『御社はXXドルで提示するつもりでしょう』と。あまりに正確すぎる。まるで社内資料を見たかのようで」
田中の背筋に冷たいものが走った。
「それだけじゃありません」声を潜めた。
「現地の取引先が『業界の価格協定でもあるんじゃないか』と冗談めかして聞いてきたんです」
田中は息を呑んだ。価格カルテル―米国反トラスト法違反という重大なリスクだ。
「もちろんそんなことはしていません。ただ、現地のメンバーが業界団体の懇親会などで競合と接触する機会は多いので、もし軽率な会話をしていたら…」
米国司法省の調査、巨額の罰金、経営陣の引責ー田中の脳裏に、最悪のシナリオが頭をよぎった。
「この話は誰かに?」
「まだ誰にも。田中さんなら、どうすべきか検討いただけると思って」
田中は深く息を吐いた。
問題の本質は、『調査』だけでは解決できない。
週明け月曜日。
上司でもあるコンプライアンス部長が、深刻な表情で資料を差し出した。
「IR部門から要請が来ている。次の統合報告書に『グローバルコンプライアンス教育・受講率100%』と掲載したいそうだ」
田中は資料を覗き込み、現状の受講率を確認した。日本国内95%、海外拠点平均62%。
「無理でしょう・・・」
別の資料を広げた。
「米国では情報漏洩と競争法違反のリスク、中国では個人情報保護法違反の懸念、ベトナムでは贈収賄に該当しかねない軽率な行動の報告。
各拠点から危険な兆候が次々と上がってきている」
田中は頷いた。
「問題の本質は何だと思う?」
「教育です」田中は答えた。
「受講率だけでなく、『理解度』も鍵だ」
その日の午後、田中は部下の遠藤とホワイトボードの前にいた。
「現状の教材の課題を整理してみました」 遠藤がペンを走らせる。
田中は腕を組んだ。
「これではIR部門の要請に応えられない。いや、それ以前に社員を守れない」
遠藤はさらに続ける。
「中国拠点から『顧客データを日本に転送する際、何か手続きが必要か』と質問が来ています」
田中の表情が険しくなった。
「それは中国の個人情報保護法における越境データ転送規制の対象だ。教材で扱われていないのか?」
「教材では扱われていません。現地メンバーもリスクだと理解していません」
田中は立ち上がった。「教材を見直す。社長に掛け合ってきます」
翌日、田中は社長室にいた。
「社長、グローバルコンプライアンス教育の抜本的見直しを提案します」
社長は眼鏡越しに田中を見つめた。
「IR部門からの要請は聞いている。しかし、それは教材を変えなくても達成できるのでは?」
田中は覚悟を決めた。
社長の表情が変わった。
「説明してください」
「現在、米国で情報漏洩と競争法違反のリスクが浮上しています。中国では個人情報保護法違反の懸念。ベトナムでは贈収賄リスクの報告」
「それが教材の問題だと?」
「はい」田中は断言した。
「IR報告書に『受講率100%』と書いても、実態が伴わなければ意味がありません」
沈黙していた社長が、前のめりに口を開いた。
「では、どうする?」
翌週、田中と遠藤はレクシスネクシス・ジャパンのオフィスを訪れた。
応対した営業担当は開口一番「御社の課題は、多くのグローバル展開する日本企業が抱えています」と、言いながら、資料を投影した。
田中は資料を食い入るように見た。
「我々はすでに法務情報データベースを持っています。それを教育コンテンツに応用しているので、安心してご利用いただけます」
「一つだけ、条件があります。」田中が口を開いた。
「米国での競争法リスク、中国での個人情報保護法リスク、ベトナムでの贈収賄リスク。これらに特化した緊急教材を作成できますか?」
「可能です。我々のナレッジベースに該当する情報があります。御社向けにカスタマイズして提供可能です」
しばらくして、最初のドラフトが届いた。
A社の米国駐在員が、業界団体の懇親会で競合他社の営業担当と会話。
「最近の価格競争は厳しいですね」
「そうですね。どこかが先陣を切って値上げしてくれれば…」
この会話が司法省に情報提供され、調査開始。
結果、A社には違法性がないと判断されたが、調査対応に1年、コスト2億円を要した。
田中は息を呑んだ。
これは、自社が直面しうる状況そのものだった。
「遠藤さん、見てください。これです。これが必要だったんです・・・!」
遠藤も興奮していた。
「中国の個人情報保護法の教材も届きました。
越境データ転送の規制、完璧に説明されています」
「ベトナムの贈収賄は?」
「明日の午前中に納品される予定です」
田中は安堵の息を漏らした。
導入から数カ月後。
LN製造の全拠点に、新しいeラーニング教材が導入された。
田中はイギリス支店のマネージャーとビデオ会議をしていた。
「このコンテンツは素晴らしい!スタッフたちが『自分たちの話だ』と言っています。今までの教材は、アメリカ企業の事例ばかりで自分事にできなかったようです」
同様の報告が、各拠点から続々と寄せられた。
「受講開始1週間で82%。2週間で96%に達する見込みです」 遠藤の報告に田中は深く頷いた。
その後、発行されたLN製造の統合報告書の一節には、こう記されていた。
「グローバルコンプライアンス教育の刷新」
当社は2025年、全世界15拠点・現地語対応の統一コンプライアンス教育を実施。受講率98%、理解度テスト平均正答率88%を達成。 教育の継続的な改善が可能な体制を構築しており、全従業員が共通の「コンプライアンス言語」を持ち、国境を越えて同じ価値観で行動できる組織となっている。
田中は遠藤と共に、その報告書を見つめていた。
「遠藤さん、ここまで来ましたね」
「はい。でも、これはゴールじゃないんですよね」
「そう。スタートです。世界は変わり続ける。規制も、リスクも。我々は学び続けなければならない」
教育は組織を変える。
LN製造は、その一歩を踏み出した。
国境を越え、言語を越え、文化を越えて、共通の言語で「品質第一、信頼を未来まで」を築く組織として。